冬の逢瀬の 〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


久方ぶりの厳寒が襲った日本列島は、
日本海側への豪雪のみならず、
背骨にあたる山並越えた平野部にまで、
連日の底冷えをやすやすと運び来るほどの、
強烈な寒気団の襲来に猛威を奮われ。
年末からこっちというもの、
雪や異常低温の話題が、ニュース項目に挙がらぬ日はないくらい。
これも科学の進歩の恩恵か、
都市化の進んだ街なかは、
どこもかしこも空調が行き届いていての、
さほど震え上がることはないものの、

 「ドライアイを訴える人が増えたそうですね。」

それでなくとも乾燥している冬場なその上、
暖房の風が尚のこと湿度を奪うものなのか。
インフルエンザの広まりようの加速のみならず、
目の乾きからくる異状を訴え、
医者に通う人が激増しているのだそうで。
そんな話を持ちかけつつ、
備え付けのサーバーから淹れたコーヒーを
どうぞと上司へ勧めたところ、

 「最近の若いのは、それでなくとも瞬きをせぬからな。」

携帯電話を始終眺めている連中を見ていて、
おやと気づいてからこっち、

 「それが今時なのかと、驚かされたものだ。」

小さく苦笑しつつの付け足しの一言が、
微妙に声を低めてのそれだったのは。
かつてその身を置いていた、それは苛酷な戦場にては、
漠然と双眸を開けっ放しでいるなんて、
そんな不用心で危険なことは出来なかったし。
そのくせ、撃ち落とすべき標的を睨み据えるときだけは、
どんなに強い向かい風の中であれ、
逃すことなくの見据え続けていられた。
そんな“軍人”だったことへまで逆上っての、
比べてみた“今時”と言いたい彼だったからだろうと思われて。
それが通じるこちらとしては、

 「どんなに便利になっても、
  万能とはいかないのでしょうよ、何につけ。」

仰せを理解出来るからこその言、
かすかな苦笑を口許へ滲ませ、紡いで差し上げれば。
そんなこちらの意が通じたその証し、
年輪を重ねた彫の深い目許をたわめ、
同じような苦笑を返されるのが、

  ああ昔と同じだ、と。

安堵とそれから、微妙な切なさとを感じてしまう征樹だったりし。
やはり上官と部下だった前の“生”でも、
人性も気概もずば抜けて素晴らしいにもかかわらず、
世渡りへ関しては途轍もなく不器用で、損ばかりしていたお人であり。
そんな彼を少しでも支えたい、物の役に立ちたいとしながら、
そのくせ、結局は守られてばかりではなかったか。
どれほどのお人柄かを知っていればいるだけ、
悔しい口惜しいと歯咬みせねばならぬ、
処遇や巡り合わせが多いところもまた同じとは。

 “しかも、今現在 就いてる職種がまた、
  人間関係の破綻とか、人の感情の暴走とかの絡む、
  何とも苛酷なそれだし。”

独裁政権の専横に対抗し、
ゲリラが無差別報復を止めぬとか、
特権階級の横暴が跋扈し、
市民運動が過熱した末の内戦状態にある地域に比べれば、
十分“安泰平和”な国なのかも知れないが。
そうであるにも関わらず、人を死なせる事態は起きる。
様々な不具合が不幸にも重なってしまっての事故のみならず、
我欲剥き出しな連中が引き起こす殺傷事件や、
永の忍耐ももはやこれまでと、窮鼠が牙を剥いた凄惨な復讐劇などなどと。
人と人とが織り成す阿鼻叫喚な齟齬のほつれへ、
冷静に相対せねばならぬ立場へと、
その身を置いてた“白夜叉”勘兵衛様だったのへ。
お近づきとなっての末に、
今世でもまた歯咬みさせられることとなろうとは。

 “これもまた、巡り合わせって奴なのかねぇ。”

だからこそ、前世の記憶も持ち越しているというのだろうか。
そういう蓄積無くしては、
このお人の奥行き深い人性、
正しく把握するのに、どれほどかかるか…ということなのだろか。

 「? 征樹?」

息抜きを兼ねてのちょっとした運動もどき、
沸騰ポットを置いてあった一角まで伸してっての、さてと。
対処が済んだ案件への調書をまとめていた作業へ戻ったはずが、
一体 何に気を取られているやら、
PCに向かったまんま、少しも手が動き出さないものだから。
てきぱきとした手際のよさは如何したかと、
さすがに案じてしまわれた勘兵衛様だったらしくって。

 「あ…いやあの、えっと。」

ちなみに此処は、東京は皇居のお堀端。
桜田門にほど近い角地に聳え立つ、
彼らが所属する警視庁。
その某階に広々とした一室を占めておいでの、
捜査一課の一角でございまし。
居るときはどこの祭りかと思えるほどもの人員が出揃っており、
街の雑踏よろしく、上からの指示だの申し送りだのが飛び交って、
活気というより殺気に近いものが充満し、
そりゃあ騒がしい場所でもあるものが。
これもまた わざわざ示し合わせたかのように、
皆が出払い、ほとんど人影もなくのがらんとした、
何とも閑散とした空間になる頃合いもあるから不思議。
そうして今は、正しくそんな頃合いであるようで。
広い広い室内の向こうの端の方に何人か、
やっぱり連絡待ちの待機組らしのが見受けられるだけ。
こちらも他の班はそれぞれが飛び出している強行係だが、
島田警部補があずかる班だけは、丁度その手が空いたところ。
某所のコンビニ強盗への初動捜査に出ている仲間内が、
応援頼むと言って来たらこんなしている場合ではなくなるのだが。
そこは所轄署が、哀しいかなそういう案件へ慣れている地域でもあったりし。
まま大丈夫だろうと、
班長とその腹心二人だけを残しての、あとの課員は非番へ突入というワケで。

 「…いえ、何でもありません。」

外の寒さを感じさせないほどの、
極端な暖房の利きようから、却って調子が狂ったか。
うっかり目を開いたまま居眠っていたようですとの、
苦笑をこぼした佐伯刑事だったものの。
コーヒーに添えられた手作り風のクッキーを見下ろしての…ふと、

 「うっかりといや、勘兵衛様。」

ちなみにで紹介したように、
今この場には二人しかいないのでとの遠慮なく。
それが一番しっくりくるところの、
名前呼びにてのお声かけをした征樹さんだということは、

 「年が明けてから、七郎次へ連絡入れましたか?」
 「   ……。」

今、一瞬 思考停止したでしょう。まんまと不意を衝かれましたね。
大体、あんな美少女を相手に、どうしてそうも薄情でいられるんですか。
朝晩の区別もつかぬほどお忙しい身だってのは、
私のように一緒の任に就いてる刑事ででもない限りは判らぬこと。
いくら察しがよくって聞き分けもいいおシチちゃんでもね。
ついでに、勘兵衛様を心から信奉しているところもあんまり変わってない、
そりゃあ良い子だからって言ってもでもですね。
うるさく急っつかれないからって、
それを良いことに放ったらかしにしちゃうのは、可哀想ってもんでしょうが。
それでなくとも多感なお年頃で、
しかもその上、前世で惹かれ合ったお方と奇跡の再会を為しただなんていう、
類い希なる体験までしている、色んなことに翻弄されてる乙女なんですよ?

 「………。」

 「あ、何ですかその格好は。
  両手で耳を塞ぐだなんて、子供みたいな真似をして。
  聞こえない振りなんかなさっても無駄ですよ?」

ほんのついさっきまで、
何にか気を取られてぼんやりしていた御仁とは思えぬ速射砲にて。
つけつけと一気に並べ立てたは、
こちらの警部補殿の、年の離れた恋人に対する不義理について。
愛らしくも健気で、文武両道偏りなく修めた、
それはそれは良く出来たお嬢様。
しかもしかも、
そちらもまた、前世からやって来たも同然という、
姿も気性も、ついでに相性のようなものまでもが昔のままの、
七郎次という副官殿の生まれ変わりでもあって。

 真白き肌した美貌の細おもてには、
 青玻璃の双眸が生き生きと宿り。
 絹糸のような金の髪もつやつやと麗しく。
 すらりとした肢体は、
 可憐な中にも伸びやかな健やかさを秘めており。
 お行儀の良いまま、されど切れのある所作の1つ1つに、
 愛らしさと淑やかさをバランスよく同居させ。
 瑞々しい口許ほころばせての微笑めば、
 希代の美少女ばかりが集いし あの女学園で、
 幾たりものシンパシィたちを、
 あっさり卒倒させるとまで言われておいで。

 「大体、クリスマスイブのデートでも、
  副総監夫人から例の難題吹っかけられかけたの、
  おシチちゃんが一緒だったからこそ、
  何とか逃れられたっていうじゃあないですか。」

 「…何でそこまで知っておる。」

何を言われようと余裕の聞こえぬ振りをこなせもする、
何かと錯綜した尋深き内面もお持ちの鬼警部補が。
珍しくも 微妙なしかめっ面を隠しもしないのは、
紛れもなく痛いところを衝かれたからで。
事務用の回転椅子に腰掛けたまま、苦々しくも眉寄せる御主を前に、

 「知らずにおいてどうしましょうか。」

このクッキーだって、おシチちゃんからの差し入れじゃあありませぬかと、
ふふんと澄まし顔になった征樹殿だったが、

 “…大方、平八辺りと情報交換でもしおったな。”

七郎次の側にいて、
彼女の幸せをこそ後押しするのへやぶさかではない二人の親友。
林田平八と三木久蔵という女子高生たちとは、
互いのフォロー対象であるお二人の頭越し、
近況報告やらご機嫌伺いやら、
構えている彼であるらしいとも聞いており。

 「具体的にどう助かったかを言えないのはしょうがないとして。
  それでも、その出合いからもう何日経っておりますことか。」

気が利かないにもほどがありますよと言いつのられて、

 「出合いとはまた、古風な言いようだの。」
 「誤魔化さないで下さいませ。」

せめてメールでも打ってますか? それもナシ?
お年始の挨拶はした?
そんなもん年賀状と一緒で単なる形式です、
数に入れちゃあいけません…と。
在りし日の“古女房”が見れば、
何とはなく既視感を覚えたやも知れぬほどの、
立派で隙のない尻叩きを発揮しておいでの、現在の暫定“世話女房”殿。

 「明日にも 今日休んでる顔触れが交代で出て来てくれますから、
  それとバトンタッチという格好で。
  一眠りしてから、おシチちゃん連れてのデートと構えてはいかがです?」

初詣でというには遅すぎますが、
うか〜っとしていると、すぐにも二月のあの日が来てしまう。
え? 何の日だ? 節分か?ですって?
そんな詰まらないギャグ、
おシチちゃんの前で言っちゃあいけませんよ?…とばかり、
お仕事以外ではてんで頼りにならぬ、
実は相変わらずの朴念仁なまんまな勘兵衛様なの、
こんな具合で何とか頑張ってフォローしておいでの佐伯さんだったりし。
なかなかに難しそうな立場のお二人だけれども、
周囲からの理解は何とか足りていそうな、年の差カップルでもあるらしい。








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 *先日の“メール”にまつわるお話を一席。
  それほどややこしいお話しじゃあございませんが、
  微妙に長くなりそうなので、場面で分けさせていただきますね。
  ついでに、クリスマス・イブのお二人にも触れたいもんでvv


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